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それぞれの3.11

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◆それぞれの3.11

 

こんにちは、最上町地域おこし協力隊の阿部有希です。

 

今日は東日本大震災から5年ですね。

 

この数日、テレビの映像のせいか、

震災を思い出す世の中のちょっとした空気の変化なのか、

頭が重たく、コーヒーが手放せません。

 

私は当時、仙台で会社員をしており、

地震の時は東京出張で会議の真っ最中でした。

 

たまたま社長も部長も同僚も一緒に会議に参加していて、

社員全員がその場にいたことが奇跡です。

その日のうちに仙台の事務所アルバイトや家族とも連絡が取れて、

とりあえずは安心できました。

 

さらに社有車も1台東京にあったので、

予定していた会議が終わった翌12日の昼から、

「何時間かかるかわからないけど、全員で仙台へ帰ろう」

と、新潟経由で帰ることになりました。

途中の埼玉と新潟のスーパーで食糧や充電器などを

大量に購入することができたこともラッキーでした。

 

一人暮らしのアパートに着いたのは、13日を回った深夜2時で

東京から14時間かかって、仙台に帰ることが出来たのです。

 

帰り道は、車やワンセグ携帯からラジオやニュースを聞くことが

出来ていたのですが、実際に戻るまで住んでいるアパートが

どんな様子なのかわからず、不安と悲しみでいっぱいでした。

 

 

 

震災時、強烈に覚えていることが2つあります。

 

1つ目は、地震直後のニュースで、アナウンサーが

「津波が来ています、そこの方、すぐ逃げてください!」

と一生懸命に画面で呼びかけているのですが、

もちろん本人は電気もラジオも聞けないので伝わりません。

そのかけ声はずっと耳に残っています。

その方がその後どうなったのかも、今となってはわかりません。

 

 

2つ目は、経由地の山形の笹谷トンネルを抜けて、

宮城県に入った瞬間です。

山形は夕方から全戸で電気が通じたらしく、

道路も家もトンネル内も電気が点いて明るかったのですが、

もう深夜12時を回っていて、停電の続く宮城県の、

一瞬で真っ暗闇の世界に入ったその瞬間は、

思い出すと今でも恐怖がよみがえります。

 

 

 

この5年で私の環境はガラッと変わりました。

会社を辞めて、結婚し、新たな仕事を始め、子どももいます。

 

もしかして私は、仕事や家がなくたったとしても、

なんとか立ち直っていくのかもしれませんが、

子どもの顔を見ていると、この命が一瞬で消えてしまうかもしれない

出来事が起きるなんて、自分の想像を超えています。

 

震災のことは、ちょっと思い出したくない出来事なので、

毎年この日はなるべくテレビをつけずに過ごしていますが、

5年の節目なので、少しだけ命のことを考えてみようと思います。

 

当時助けてくれた全国の協力会社の方や一緒にいた社員に

感謝の気持ちも忘れずに過ごそうと思います。

 

穏やかな毎日が送れることを願っています。

 

 

 

 

 

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明日、3/12(土)にイベント開催します。

最上郡では初開催!女性限定イベントです(^^)

たくさんの方とお会いできることを楽しみにしています!

3月12日イベントチラシ